ぴくちゃあ通信

日本映画をメインにしたブログです。東宝映画を中心に古い作品から新しい作品まで、時には俳優を中心に話を展開します。

小山明子さんのトークショー




以上、『少年』上映後のトーク、フォトセッションより


 4月11日(火)、「没後10年 映画監督 大島渚」の1本『少年』(1969:大島渚)上映後のトーク
 聞き手は映画評論家兼監督の樋口尚文さん。トークゲストは俳優の 小山明子さん。
「我が家には二人の息子がいますが、樋口さんはその上の長男的存在」と小山さんが、樋口尚文さんと大島家の関係を紹介。かなり以前から大島渚に師事していたようで今回の7階の企画展にも関わっているようです。
「この母親役、出る予定はなかったんです。他の方を探していたんですが、なかなか決まらず、結局私が出ることに。こんな汚れ役は最初で最後かも。あのヘアスタイルや絶対に身に着けたことがない色合いの衣装。嫌で嫌でしょうがなかった。でも、美術の戸田重昌さんの指示でしたので。あの黒い日の丸のアイデアもそうだし、、。戸田さんが大島組に参加するようになって作品の表現内容が豊かになりましたね」
「撮影は高知からスタートしたのですが、雨が二日も続き、撮影ができない。ロケ費用がかさむので、アルバイトをしようということで、地元の酒造メーカーに交渉。藤娘と菊水がCMをOKしてくれてのダブルブッキング。後口の菊水に製作の山口さんと断りの挨拶に行ったら、社長が怒り心頭。その勢いで酒を勧められたけど、私はお酒が飲めない。またまた社長さんが怒ってしまう。あわてて、宿で酒盛りをしていた大島と戸田さんを呼んで相手をしてもらった。そうしたら、大島と社長が意気投合。それからずっといままで交友関係が続く。翌日は藤娘さんのCM撮りをおこないました。撮影に関してはお手のものですから」
「撮影は日本列島縦断でした。当時、花登筺さんの読売テレビドラマ「道頓堀」にレギュラー出演していました。映画のロケ地からすぐ戻り、テレビの収録、また映画ロケ地にとんぼ返り、それを繰り返していました」
「少年役もなかなか決まらず、事務所の子役はみんな幸せそうな顔つきで、大島が納得しない。ある日、戸田さんが目黒のほうの児童養護施設の前を通ると、発表会をやっている。そのなかの男の子がなかなかいい表情をしていた。すぐに大島と一緒に再度訪問。その男の子・阿部のてっちゃんに即決。養護施設の人たちも厚く応援してくれて、映画が動き出した」
「撮影は15~6人のスタッフで家族同様に過ごしての日本縦断。てっちゃんもみんなに可愛がられて、養護施設育ちの幸薄い顔つきが、だんだんと幸福感あふれるやさしい顔つきになった。それはまずいな、と大島は感じていたようですが」
と、まあ、ほんの一部ですが、トークの内容を書いてみました。
 小山明子さんは、しゃべりもしっかりしていて、お元気そうでした。まだまだ、他の作品についても語っていただきたいな、と思いました。

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