ぴくちゃあ通信

日本映画をメインにしたブログです。東宝映画を中心に古い作品から新しい作品まで、時には俳優を中心に話を展開します。

『わが映画人生 黒澤明監督』(2002:大島渚)


以上、『わが映画人生 黒澤明監督』(2002:大島渚)より


 『わが映画人生 黒澤明監督』(2002:大島渚)を、国立映画アーカイブ小ホールにて見る。4月11日(火)から始まった「没後10年 映画監督 大島渚」の1本。310円。

わが映画人生 黒澤明監督(115分・DCP・カラー・インタビュアー:大島渚)
2002(日本映画監督協会)(出)黒澤明(インタビュアー)大島渚
 大島が理事長を務めた当時(1980~1996)の日本映画監督協会が創立50周年を機に先輩監督の貴重な証言を永久保存する目的で製作を開始した「わが映画人生」シリーズの一本。大島が聞き手を務め、黒澤明の映画人生と作品について語り合う。大島は「黒澤さんが『生きものの記録』と早坂文雄さんについて語られたくだりは、何度見直しても胸が熱くなる」と振り返っている。1993年8月1日に収録。
以上、国立映画アーカイブの解説

 聞き手である大島渚の語り口がやさしくて心地よい。答える黒澤明も、くつろいだ雰囲気を醸し出していて、幼年期のころからのことを皮切りに、よくしゃべっている。
 活動写真の弁士になった兄とは、身長も同じぐらいで徳川夢声さんに初めて会った時は、「お兄さんにそっくりだね」と言われた。
 その兄が自殺して、戸籍では黒澤家の戸主となり、無職では体裁が悪いということで、PCL(東宝の前身)の助監督試験を受けて採用。初任給が26円。残業が多く、50円ぐらいになった。会社側は助監督を幹部候補生として育てようと考えていて、監督助手のパートだけでなく、撮影、照明、大道具、衣装、現像、編集など、ひととおり経験させた。それが、助監督をやるうえで非常に役立ったとのこと。
 大映作品の脚本を書いて300円もらえた。情報局主催の入選脚本「雪」では2000円もらえた。
 デビュー作として考えていた『敵中横断三百里』は何としても当時映画化したかった。悔やんでも悔やみきれない、、、。

 と、まあ、情報量たっぷりの作品であった。
2023年4月13日(木)鑑賞

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