ぴくちゃあ通信

日本映画をメインにしたブログです。東宝映画を中心に古い作品から新しい作品まで、時には俳優を中心に話を展開します。

『わが映画人生 井上梅次監督』(日本映画監督協会1999)


 『わが映画人生 井上梅次監督』(日本映画監督協会1999)を、国立映画アーカイブ(NFAJ)長瀬記念ホール OZUにて見る。「月丘夢路 井上梅次 100年祭」特集の1本。310円。
わが映画人生 井上梅次監督(91分・DCP・カラー)
1999(日本映画監督協会)(出)井上梅次(インタビュー)舛田利雄
 日本映画監督協会製作の「わが映画人生」シリーズの一本。職人監督・井上が生涯に116本もの娯楽映画を手がけた背景には『人情紙風船』(山中貞雄:1937)との出会いがあった。新東宝時代に脚本が書ける助監督として頭角を現したのち、「もっと画面から手足がはみ出るようなバイタリティ溢れた画面を作りたい」と日活、大映、松竹、東映など各社の引き抜きに応じた経緯が語られる。
(以上、国立映画アーカイブの解説より)

 初見。
 とにかく、よくしゃべる。元気、元気、元気いっぱい。1923年5月生まれの井上梅次は、この時(1996年~1998年頃)は70代中頃。インタビューの舛田利雄(1927年10月生まれ)より、肌つやも良く、頭脳も滑舌も明瞭、独演会みたいなものだった。
 まず、自宅のその豪邸さに驚かされる。芝生の庭の広々としたことよ。著書で記していたが、月丘夢路と結婚する前の1950年代前半に世田谷区大蔵に土地を購入していて、結婚するときに豪邸を新築したとのこと。女優の家に転がり込んだのではなく、監督の家に女優を迎えた、というのが井上梅次の誇り。
 116本の映画作品ファイルがズラリと並ぶ書棚を横にして、助監督時代から、新東宝、宝塚映画、日活、宝塚映画、大映東映、松竹、テレビ、とその製作エピソードをしゃべる、しゃべる、、、、。人物、作品名、よどみなく次から次へと出てきて、その語り口には圧倒されっぱなし。90本前後作品を撮っている舛田利雄井上梅次の前では、口をはさむ余地なし、というインタビュー収録であった。
 インタビューの最中に井上梅次が語るところの、女房こと月丘夢路がチラリと映りこんでいたのは、ご愛敬だった。
2023年11月26日(日)鑑賞


にほんブログ村ランキングに参加しています。
下記 ↓ のバナーをクリックしてください。
ブログのランキングが表示されたら、下部の「ぴくちゃあ」ロゴを再度クリックしてください。
ランキングアップに協力お願いします。

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログ 日本映画(邦画)へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へ
にほんブログ村